THINKING MEGANE

2017年, 12月のライオン

2017年が終わる。今年は大いに迷った年だったと思う。

これまで携わってきたサービス運用開発から念願の研究所に移動になった僕はとにかく意気込んでいた。最初の半年間は、研究と開発が一体となって事業を差別化する技術を作り出すという研究所のミッションに従い、サービス開発の経験を生かして、現場の課題を解決する技術を習得し、導入することで実際に成果を上げていった。研究報告という形で査読なしではあるものの論文を2本書いた。201705,201706

研究員になって一番変わったことは、結果を論文をまとめる工程が発生したことだ。これまで技術ブログやOSSという形で成果物を発表してきたが、論文にまとめるのは難易度が違った。Wikipediaによれば研究の目的とは 突き詰めれば新しい事実や解釈の発見 であり、それゆえ、成果に対して、新規性、有用性を論文という形で示す必要がある。僕の場合、この新規性の部分に苦しんだ。新規性を証明するためには、その手法にまつわる既存の多くの研究についての知識の収集と、それらを自身の手法を導いた思考の構造のうちに組み込み体系化した上で理論的に差分を導く理詰めの作業が求められる。少なくとも自分自身のアウトプットに対してそのような訓練は積んでいなかったため、論文の研究所内でのレビューではその辺りを徹底的に指摘された。

それでも上期2本はなんとか勢いだけで書けた。サービス時代に抱えていた課題と自分の習得した技術がうまくマッチしたことで、両方とも成果が出ており、有用性の部分を主としつつ、自分なりに導いた新規性も指摘盛りだくさんながら書き上げた。

問題は下期である。いうても30代後半のそれなりに技術に対してプライドを持ってやってきた自分である。下期こそは、サービスとしての成果と論文としての成果が両立するようなバリューを出してやろうと臨んだのが勇み足の始まりだった。当時、僕の課題解決アプローチは既知の機械学習手法とサービスを連携させることであったため、サービス適用における知見はありつつも新規性としては示しにくいと考えていた。考えていたというのはその知見でも十分に既存の研究と比較した上で新規性を導くことができれば問題ないのではある。しかしながら、上期の指摘と自身への評価を挽回するため、自意識の肥大した僕は、もっと革命的な、もっと同僚も上司もが納得するようなバリューを追い求め出していた。

ある種、歪んだ動機は、固執を呼び、本来の目標を忘れさせ、堂々巡りを繰り返させる。下期をかけて新しいこと、今まで取り組んでなかったことを盲目的に探し、試し、そして撃沈していった。指針なく手当たり次第やるものだから、体系的な知識は蓄えられず、案に固執しているので客観的な評価もできず、それにより、納得する議論もできない。時間だけが過ぎていくから、より短時間で効果が出るものを求め、悪循環が始まる。次第に意固地になり、相手の意見も聞かず、独りよがりの自称研究として、本を読み、意図もないOSSを書く。それをやっている時だけは後ろめたさから解放された気がした。

ある日、迷走する近況報告のやりとりの中の冷静な指摘に対し、僕は、もうどうしたらいいのか分からないのだと伝え、周りを困らせた。僕の研究がなぜうまくいかないのか話す機会が設けられ、客観的に上記の状態を認識し、サーベイ、考察、評価を短いサイクルで繰り返す環境を整える必要性などを指摘された。これらは冷静になりさえすれば分かったことだとは思うのだが、最も効いたことが、研究に向けてのサーベイや基礎文献の調査量の違いを見せつけられたことである。下期の迷走期は別にして上期などは自分なりにサーベイしたつもりだったが、新規性にたどり着くための知識の土台は生半可なものでは太刀打ちできないということを痛感した。「巨人の肩に乗る」だけでも大変だからこそ、そこに積み上げた小石が大きな意味を持つ、当たり前のことではあるが、結局はそこから逃げていたのだと思い至り、自分を恥じた。

同じ頃行われたWSA研も研究に対する取り組み方を見直す良い機会となった。WSA研は、Webを中心とした様々な技術要素および要素のつながりを含む系全体のアーキテクチャを議論 をする意欲的な場であり、参加者は皆自分の思い描く最高の世界に向けて、それを実現するためのアーキテクチャを語っていた。自身は色々手を出したものの一つを発表したので、やはり満足いく発表とはならなかったが、この会で、tomomiiさんから「道をつくる」という、研究やコミュニティのあり方を東洋思想的な道という概念を使って考察する話があって感銘を受けたのを覚えている。

これらを通して、僕は研究を目的でも手段でもなく、「過程」なのだと漠然と考えるようになった。自分の思い描く世界に至るための過程。その理想はこれまで存在しないものであるだろうし、もし理想像が朧げに見えたとしてもそこに至る方法もまた未知のものであるだろう。それは、これまでの研究や知識を着実に学んで、意味のある構造で組み直し、未知の道の敷石をつなぐことで見えるものであって、そこは新規性や有用性を逃げずに練ることだけでしか辿り着けない。論文にまとめるということはそのための最適な訓練であり道中に標石を設置することなのだろう。

そんなことは最初から言ってたよと研究所の人たちから怒られそうではある。今になって思えば、研究所の面々は常に僕に「つまりこういう世界が来るということですね、いいじゃないすか〜」「サーベイはこれだけですか」「無理をしないよう」と一貫して、目標を作ること、巨人の肩に乗ること、道半ばで倒れるなと変わらぬ態度で研究の在りようを示してくれていた。が、挑み、努力する対象を見誤ませるほどに虚栄心が自分に根を張っているとは思わなかった。自分の現状を納得いく形で理解した上で次に進むためにやることが見えたのは今年唯一の収穫である。半年間、本当に辛くて家で泣いたりしたのだが、変わらぬ態度で接してくれた研究所の面々、そして支えてくれた家族には感謝の気持ちしかない。

2018年は、専門知識を深め、そこに見えた新しき世界へ向けてただ一歩づつ進んでいければと思う。成果は自ずとついて来るだろう。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

  • 3月のライオンという将棋を題材にした漫画は、弱さを受け入れ、迷いながらもただひたすらに自分の道を信じて進んでいく棋士たちの物語で、もちろんフィクションなのだが、自分と向き合う大切さというのは今年かけて学んだことに近いなあと思ってタイトルに入れた。
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